■プロフィール

Tackey(かずや)

Author:Tackey(かずや)
ヨコハマ在住の48歳

今年こそ!と趣味のバイクで親子タンデムを準備しています。ただ、息子3人!誰を連れて行くか…が。
3DS&PSPに夢中になっている子どもたちに対して、これじゃイカン!とは常に思っています

■最近の記事
■最近のコメント
■FC2ブログランキング

ご協力をおねがいします。

FC2ブログランキング

■リンク
■メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

■FC2カウンター

■フリーエリア

■ブロとも申請フォーム
罪はあるのか?
今朝の朝刊に、気になる記事が載っていた。
いや、本来は1日おきなので昨日記事を入稿する予定だったのだけど、バイククラブの会報を作っていたので…。

さて、今朝の新聞に載っていた記事…
「君が代伴奏命令 合憲 思想強制とはいえず」
っていうやつ。これ、裁判の原告は小学校の先生なんだよね。で、処分って言っても戒告(大雑把に言うと「ダメだよ!」って言われるだけ)されただけだよ…。ま、同じような裁判は他にも先生が入学式や卒業式で起立しなかったり斉唱しなかったりで、950人程が全国で13件裁判を起こしているらしいけど…。

イマイチ判らないのは、どうして「日の丸」や「君が代」を嫌ったりするのか?っていうこと。
もちろん、大日本帝国時代の数々の戦争において、国旗は旗印になっていたけど、「日の丸」と「君が代」には罪はないんじゃないか?ってこと。だって、それを戦争のシンボルとして戦おう!って教えていたのは…当時の軍部であり、国家でしょ。記号である「日の丸」や「君が代」が自ら意思をもっていたわけではなし、君が代」の歌詞は「愛おしいあなたの人生が、いつまでもいつまでも続いて…」っていう意味でしょ?それをチャンと理解して子供たちに伝えるのが教師の使命でしょ?

ま、そんなことはさておいてもさ、判決理由に「学校が組織として国歌斉唱を行うことを決めたい以上、音楽教諭に伴奏させることはきわめて合理的な選択。職務上の義務として伴奏させる事も必要な措置として憲法上許される」…うん、これって普通の会社であれば…いちいち解説されるまでも無いとおもうんだけどね。

じゃ、学校内でさ!僕も経験があるんだけど、高校の国語の授業で萩原朔太郎の詩の単元があって、親が子どもと会話するシーンがあってさ、そこの理解で親が子どもに「いいえ、こども…」って話しかけるのさ。その理解について、僕は別に「この親、こどもに冷たいナァ」とは思わなかったのだけど、授業では(その教師は)「こどもに対して名前で呼ばないのは冷たいと感じるように」と解釈を規定したのさ!詩の作品において、こどもの名前を例えば具体的に「かずや」とか「ゆうや」とかってしない時はあるよね。子供という普遍的な言葉を使うことによって、世界観を表現するっていうのはありでしょ?自分が作者となった場合。…詩なんだから=芸術って、そういうモンでもあるわけでしょ?そのほうが、よっぽど思想や主観の侵害だと思うんだけどね。だって、具体的に感じ方を指摘されたんだもん。

日の丸、君が代にしても、解釈はいろいろあるけど…それをどう感じるか?については最終的にはこども本人が決める部分で、そのための情報としていろんな立場からの見方を教えるのが教師の役目であって、それを色眼鏡でみて自分の思想とは違うから、悪だ!っていう思いを人に伝える役目をになっている人がしては、いけないと思う。

話を学校内に戻してさ…こどもが授業をチャンと聞くのは僕の思想の自由を阻害する!って騒いだらさ、その先生はどうするのかナァ…。僕は、自分の子供には、やはり「授業の時はチャンと聞くのがルール!」って先生に叱って欲しいと思う。でも、自分が式典で組織で決まってしまったルールを守っていないんじゃ、子どもも見てるから、言うこと聞かないよね。

人間の社会って、難しいと思う。個人の意思は尊重されるべきではあるけど、社会のルールも尊重されるべきという、微妙な判断が常に求められているものね。
だから、それを教える仕事である先生って言うのはとても大変な仕事だと思う。
昨日、同じようにラジオで「今の学校は先生の数が少なすぎ、先生が学校のマネジメントまでしなければならないので、生徒と向き合う時間が削られているのが教育においての最大の問題点!」というアナリストの意見があったけど、もっともだと思う。
教育審議委員会なんかがいろんな意見を出しているけど(もっとも、あの中で現場の苦しさを体験している教師出身者は2人くらいだったはず)、そんな難しい意見を聞くまでも無く、たしかに学校職員(先生と事務職と)を増やすことによって、子どもたちに目を向ける時間は増え、それで解決できる事も少なくは無いと思うんだけどね…。

…もちろん、自分の思想を通す!というのはえらいと思うけど…子どもが好きか、子どもに何かを伝えたい!とおもって先生になったんだろうから、裁判なんてやっていないで、その時間を生徒に向き合うほうが楽しいと思うんだけどね。

「君が代」の解釈を「これはね、愛の歌なのよ!」って子どもに教える方が、楽しいんじゃないのかな…。
スポンサーサイト


未分類 | 10:16:08 | Trackback(0) | Comments(4)
コメント
個人の意思の尊重と社会のルールの尊重はすごく難しい問題ですね.
個人の意思はもちろん大事だとは思うけど,100%それを認めてしまうと社会組織そのものが成り立たなくなってしまいますもんね.人が集まって組織を作っている以上その組織を維持していく上で共通のルールというものが必ず必要になるし,それをみんなが守るというのは非常に大切なことだと思います.でも細部までルール化してしまうと個人の色というものが無くなって来るので,それはそれでまた問題であるし....
でも,出来上がったルールに従うのは基本的なことだと思います.現状が嫌ならそのルールを変える事が先ではないかと(実際には相当大変ですが...)思います.
2007-03-02 金 00:45:17 | URL | なーいのパパ [編集]
伝統を重んじることが何故できないのか?
歌が嫌だから歌わない!!
裁判でそこまでする意味って何?と問いたくなります。
歌わないのはその人の勝手だけど、先生としての立場や子供にどう伝えていくか?考えて欲しいものです。
今の先生は生徒に対して愛情が薄いように感じられます。まるで機械的な人が多いのにはガッカリしますよ。
2007-03-01 木 23:09:29 | URL | QUU [編集]
昔は、君が代の「君」とは「天皇」のこと、って教わったけど、
今は、皆一人一人の国民のこと、って前向きな解釈で教えているんですよね??たしか?
ついついスポーツの大会中心に考えちゃうんですが、国歌や日の丸を誇りに思う瞬間なんですけどね~。
起立や伴奏を拒むほどの考え方が私にはよくわからないなぁ。
でも、色んな考えがある、と子供が知るってことはいいことかも?
2007-03-01 木 15:36:24 | URL | モウボ [編集]
入学式とかに先生が起立しないのは良くないけど、歌を歌わないってのは・・・もしその歌を知らなければ歌えないわけなんですよ・・・知ってて故意的に歌わないってのはちょっと問題ありですけどね。
事実、私は君が代が歌えません。曲は知ってても歌詞を知らないのでいきなり歌えと言われても無理なんですよぉ。
今だから言える話、去年の長男の卒園式・・・歌えませんでした・・・
2007-02-28 水 22:18:24 | URL | らびりん [編集]
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad